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バルセロナで日本語の礼拝に参列したい、聖書を読んでみたい、と思う方々への案内用ブログです。プロテスタントとカトリックの合同集会ですが、洗礼を受けているか否かに関わらず、聖書に興味をもたれる方ならどなたでも歓迎します。なお、統一教会やエホバの証人など、いわゆる異端といわれる宗派とは一切関係ありません。
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女が強くなるとき
 本当に長らくご無沙汰してしまいました。一旦サボると結構腰が重たくなるものだな、と自分の弱さをかみしめています。久しぶりの今日は、エステル記の学びの最終回のまとめをお送りします。

くじ(プル)によって定められた宿命の日、アダルの月の13日が廻ってきた。かつての王の重鎮ハマンが決めたユダヤ人虐殺の日であり、今の王の重鎮モルデカイがこの策略に対して報復をすると決めた日である。

 ハマンとモルデカイ


この日までに、モルデカイは全国に知られる国の重要人物となり、政界の要人たちから丁重に扱われるようになっていた。しかし、それは彼がVIPだったからというより、これから行われるユダヤ人の報復を恐れてのことでもあった。

そして13日、全国のユダヤ人は結集して立ち上がり、彼らを絶滅させようと企んでいた人々の殺戮を始めた。国中に叫び声と泣き声がひびき、長い1日が終わるころ、首都スサだけでも死体は500体を超えた。


じっとこの日の終わるのを王宮で待った王妃エステルはどんな気持ちで1日を過ごしたのだろうか。夕刻、王はその日の報告を受けるとエステルに言った。

「まだ願いがあるか。あるなら応じてあげよう。」

この言葉の後に続くエステルの願いは、私たちにとっては意外だ。

「スサで、あともう1日同じことをさせてください。」

 王妃エステル


あの温和で美しいエステルの口から出たとは信じがたい言葉である。これは古くから制定されていたハンムラビ法典にも逆らう上、8章12節にある「これは国中どこにおいても1日だけと定められた」という勅書内容からも外れている。なぜエステルがこのような大胆な発言をしたか、今となっては分かる術もない。上品で物静かな女性でも、民族の危機にあって強くなったのだろう。とにかく、王はこれを認め、スサでは13日も同規模の殺戮が繰り返された。

ようやく事態は収拾され、ユダヤ人は生き延びてこの日を祝った。しかし、彼らは勝利を祝ったのでも、生き延びたことを祝ったのでもない。旧約続編にあるように、神の御業が成就したことを祝ったのである。

 ペルシアの首都スサの門


「神はご自分の民を心に留め、その御自分の遺産である民を義とされた。それゆえ、アダルの月のこれらの日、すなわちこの月の14日と15日は、ユダヤ人が神の前で、神の民イスラエルの間で、代々限りなく、集会をして喜び祝う日なのである」(F章9、10節)

当初は人のたくらみによって投げられたくじ(プル)が、神のご計画を実現する神のくじ(プル)となり、その結果、神が生きて働いておられ、神の民を護っておられることを証することができた。これを祝うのが、現在でもイスラエルで続いているプリムの祭りのはじまりである。

                       紀元前9世紀のプル

異文化の地に生きるとき、私たちはエステル達のように自分の信仰を貫く姿勢をどれほど実行できるだろうか。私たちキリスト者にとっては母国日本が異文化の地であると言っても過言ではない。地元の思想や習慣に流され、罪ある行為に走らずに祈り続けているだろうか。

もしそうでないならば、徹底的に自分の中のそうした部分を悔い改めて矯正し、執拗にもう一度悔い改めて叩き直す。そうする時、私たちの内に神が働かれ、神が生きておられることを証することができる。

今日、このブログを訪れてくださったあたなを、主が常に護ってくださいますように。

(次は、3人の王子のお話をご紹介します)

| エステル記の学び | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
エステルの涙
 

ハマンが処刑され、最愛の妻に敵はなくなった。そして王はこの状態を見て安心した。

しかしエステルは安心できなかった。ハマンが書いた勅令(*)のお陰で反ユダヤ感情を抱いた国民は相当な数に上ったはずで、しかもユダヤ人皆殺しの命令は依然として取り消されていない。反ユダヤ感情が存在する限り、神の民ユダヤ人絶滅の危機は、まだ引き続いている。


 
ペルシア王とエステル王妃


突然、エステルは王の足もとにひれ伏して泣きだした。驚いた王は金の笏を差し伸べて彼女を立たせた。美しい王妃は涙ながらにまず王の憐みを乞い、許しを乞い、配慮を願い、「私にも御目をかけていただけますなら」と、これまでにない熱心さで王にユダヤ民族救済の采配を願い出た。

エステルの言葉に王は「お前たちの良いようにしなさい」と、寛大にもハマンから取り上げた王の指輪をモルデカイに渡した。この指輪の判こそ、王と同様の全実権を意味するものだ。つまり、ペルシア王の王妃も、ペルシアの国の実権者もユダヤ人になるという、異例の状況がここになされた。


 

早速、モルデカイはあらゆる政治家を集めて新たな勅書(**)を作成し、王の速馬で全国各地に届けた。そして王服と金の冠をまとって王のもとを退出したとき、スサは歓声に包まれた。すべてのユダヤ人にとって、断食の祈りが勝利を飾った日となった。

ペルシア帝国 (中央に首都のひとつSusa)


 

エステルは主の御心をしっかり見抜ける眼を与えられていた。主だった敵を排除してとりあえずの平和を得たことで安心せず、その奥に潜んでいる人心から来る危機を見抜いてていた。そして神の民が絶滅しないように引き続き行動した。こうして主の本当の御旨がなされるための道が、中途半端な形で閉ざされるのを防いだのである。

私たちは日々の生活の中で、主の御心を成すための本当の敵を倒す前に、とりあえず目前にある問題にのみ処置を施して安心し、ケースを手放しているようなことがないだろうか。主の御心がことごとくこの地になされること、これこそが私たちキリスト者の願いです。

 

(*) ハマンの勅令の抜粋:ハマンが予にこう指摘した。世界中の諸民族の中に、敵意を抱く一つの民族が交じっており、この民族は自分の法律に従ってあらゆる民族に反抗し、終始王たちの命令をおろそかにし、我々が申し分なく進めてきた共同の国家統制を遂行できなくしていると。予は、唯一この民族が常に万民に逆らい、その法律に従って奇異な生活を送り、我々の政治になじまず、最大の悪事を働き、そのため国家が安定していないことを認めざるをえない。(続編B章より)

 


ハマン(左)とモルデカイ(右)
映画 Estherより


(**) モルデカイの勅令の抜粋:全滅の憂き目に遭うところであったユダヤ人は悪人ではない、ということが予に明らかとなった。彼らは最も正義にかなった律法に従って生活し、至高にして偉大な生ける神の子らであり、その神のお陰で、国家は我々のためにもまた我々の先祖のためにも最良の状態に保たれてきたのである。それゆえ、ハメダタの子ハマンが送付した文書は無効であると心得よ。(続編E章より) 


5月のバルセロナ日本語で聖書を読む会ではエステル記の8章を学びました。次回はいよいよ最終回。6月28日に学びます。

今日、このブログを訪れてくださったあなたに主の愛がそそがれますように

| エステル記の学び | 23:58 | comments(0) | trackbacks(1) |
祈りの効果
 3月中旬からずっと多忙になってしまい、ブログが全くアップできない日々が続いてしまいました。一方ではちょっと長いお話をスペイン語から翻訳しているので、それに手間取っている分もありますが、言い訳はともかく、アップできない間でもこのブログを訪問してくださった方々には心からの感謝とお詫びを申し上げます。

長いストーリーはまだ完成していませんが、もうすぐできます。その間に3月の聖書研究の報告をさせていただきます。3月の集会ではエステル記の7章を読みました。




今日にでも首吊りの刑に処するつもりでいたモルデカイが、こともあろうに王にとっては恩人だった・・・。この事実に気づかされたハマンは動転していた。

「自宅の庭に立てた処刑用の杭について聞かれたら何と説明する?」
「王がモルデカイを含むユダヤ人全滅計画の全貌を知ったらどうなる?」
「自分の立場は安泰か?」

ハマンの頭はパニック状態だっただろう。その時「王妃の酒宴の準備が整いました。どうぞお越しください」と、王宮からの使いが来る。「そうだ、私にはまだ王妃に信頼されているという命綱があるではないか」ハマンは少なからず安堵して、ひとまず王宮へと向かった。



 

「王妃エステルよ、願いとあれば国の半分なりとも与えよう」と、昨日より熱心にエステルの真意を聞きだそうとする王に、彼女はついに打ち明けた。

「私と私の民族は滅ぼされ、殺され、絶滅させられそうになっているのです。」

決して「ユダヤ民族が」でなく、「私と私の民族が」と、自分がユダヤ民族であることを示しつつ、自分の民族が殺されるなら私もそのうちのひとりです、と言明するエステルの言葉に、彼女のユダヤ民族としての誇りと覚悟が感じられる。


ハマンは真っ青になった。まさか・・・王妃もユダヤ人だったのか?
 

王は、王妃までも殺そうと企てる悪者の存在を初めて知って驚いた。
「それは誰だ!?」 王のこの質問でハマンの運命は決定的になった。

「その恐ろしい敵とは、この悪者ハマンでございます」



愛するエステルからこの心外な答えを聞いた王は非常な驚きと怒りに頭が混乱して庭に飛び出し、その隙にハマンは王妃の膝元にかがんで命乞いを始めた。部屋に戻った王は、王妃の膝元にうずくまるハマンを見て誘惑しているものと思い込み激情する。「私の目の前で王妃にまで乱暴しようとするのか!」



 

そばで事態を見つめていた宦官が早速、「王のために貴重なことを告げてくれたモルデカイを吊るそうとして、ハマンが立てた柱があります」と王に進言する。つい数時間前までは、押しも押されぬ王の側近であるハマン様を敬い、捕囚民族出身のモルデカイを卑下していた宦官ですら、体制の変化に合わせて王のご機嫌をとっている。

「ハマンをそれに吊るせ!」
こうしてハマンは処刑され、王の怒りはおさまった。

 

しかし冷静にこの章を読んでみると、王は先の王妃ワシュティの追放の時と同様、今回も感情に流されて采配し、ひとりで満足している。このようにいつも感情に支配される王を、エステルは夫として信頼していなかったに違いない。エステルはあくまでも神のみを信頼し、全ての事を祈りつつ慎重に進めた。国の半分を王からもらってそこにユダヤ民族を移して自分が支配することも可能だったが、エステルはあくまでも神の支配を望み続けた。そしてそこに本当の救いの道が開かれていった。

エステルとすべてのユダヤ人の3日3晩の祈りはこのように神に聞き入れられた。

このブログを今日訪れてくださった方の祈りが神に聞きあげられますように。


 

| エステル記の学び | 15:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
なぜ善を行うのか
 「三日三晩、断食の祈りをしてください。そのあとで私は王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります」

こうエステルがモルデカイに伝えてから3日目の夜。ペルシア全土のユダヤ人は民族の存続をかけた祈りのピークを迎えていた。皆、疲れも空腹も忘れて涙ながらの祈りをささげていたことだろう。王妃エステルも同じこと、翌日の王への進言のために自室で必死の祈りをささげていたはずだ。

  


同じころ、王の側近ハマンはモルデカイへの憎しみをつのらせ、妻のアドバイスに従って彼を吊るし首にする棒を立てたことに満足し、興奮して眠れずにいた。ついに彼は朝を待たずして王にモルデカイ処刑の許可を得ようと決心した。

一方、クセルクセス王はエステルが備えた酒宴で久々に美しい妻と語り合い、お酒を飲んだにも関わらず眠れずにいた。もしかしたら、ハマンに許可したユダヤ人全滅令のことが思い出され、ユダヤ人モルデカイについて引っかかるものでもあったのかもしれない。「その名をどこかで耳にしたような・・・」そこで仕える者に日誌を読ませ、すっかり忘れていたモルデカイの功績を思い起こした。

ちょうどその時、ハマンが王の前に現れる。しかし、用事を持ってきたハマンが自分の用を口にする前に、王が先に言葉を発した。「王が栄誉を与えたい者にはどのようにすべきだろうか」

偶然にしては計算しつくされたこの絶妙なタイミングに、神の働きを感じない読者がいるだろうか。

てっきり自分のための栄誉だと思い込んで王の即位と同じレベルの絢爛豪華な報酬を申し出るハマン。しかし彼が受けた王の言葉は、「ユダヤ人モルデカイにそのようにしなさい」という、衝撃的な命令だった。


あの憎いモルデカイに、この自分が王の栄誉を贈る役目を担わなければならない。ハマンは青ざめ、恐らく震えた。しかし王の命令は絶対だから、そのままモルデカイのもとに行って命令を実行した。そして悲嘆に打ちひしがれて自宅に転がりこみ、妻にことの次第を愚痴った。このときハマンに答える妻の言葉も印象的である。


「もしモルデカイがユダヤ人ならあなたは失脚します。生ける神が彼と共におられるからです」(続編より)

奇しくもこのころ、三日三晩の断食祈祷は終わりを告げ、王妃エステルの酒宴に招かれていたことすら忘れていたハマンのもとに、王の使いが迎えにやってくる。


今回学んだ章では豪華な報酬を受けるモルデカイが、とても陰の薄い存在になっている。モルデカイはかつて王の命を狙う者の存在を通告して彼の命を助けたとき、特にそのことで報酬を求めようという気持ちがなかったから、今回のような報酬は正直言って理解できない、居心地の悪いものだったのだろう。

しかし、そのような本人すら気にもとめなかった善行も、実は神の壮大なご計画の重要なポイントだった。私たちの日々の生活の中でも、報われない善行をすることがあるかもしれないが、それは神のご計画の一角を成すものに違いない。

バルセロナ日本語で聖書を読む会の2月の集いではエステル記6章を学びました。
次回は3月29日、エステル記7章を学びます。ご興味のあるかたはご一緒にどうぞ!集会についての詳細は集会HPをご参照ください。

今日このブログを訪れてくださったあなたが、主のご計画を成されますように。

| エステル記の学び | 23:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
慎重な人

 最近、業務に追いまくられてしまい、ブログのアップが遅〜くなってしまいました。気になっていましたが、その間にも多くの方に訪問していただいていたことが分かり、恐縮しながら感激しています。ありがとうございます。

バルセロナ日本語で聖書を読む会は1月18日にもたれ、エステル記の5章を学びました。



三日三晩の断食祈祷を始めた3日目、エステルは輝くばかりに美しく装って王の前に出るしたくを整えた。彼女はペルシア全土のユダヤ人の祈りに支えられている。しかし、呼ばれもしないで王の前に出る以上、その場で殺されるかもしれないという不安は募るばかりだったから、玉座へと続く王宮の扉を次々に通るたびに増す緊張感は、彼女を強く圧迫したに違いない。

その頃、王はギリシア帝国との戦いに、特にスパルタ軍との戦いに大敗して非常にいらついていた。スパルタ軍と戦った後、王が「ギリシアの兵士はみんなこんななのか・・・?」と愕然としてつぶやいたという記録がある。彼は苛立ち、悔しがり、怒りに燃えていた。そこへ王妃エステルが到着した。王は激しい怒りに満ちた顔を訪問者に向けた。そしてエステルは気を失った。


愛らしく美しい妻が倒れる姿を見た瞬間、王はわれに返り、駆け寄って彼女を支えて元気付け、黄金の芴を差し伸べた。この黄金の芴は、突然の訪問者を許すことを意味する。エステルは命拾いしてようやく安心し、王に感謝の言葉を語ってふたたび気を失ったと続編にあるから、やはり相当のプレッシャーを感じていたのだ。

王の腕の中で気を取戻したエステルは「今日、私が設ける酒宴にハマンと一緒にお越しください」と招いた。この日の酒宴で王は久しぶりに美しいエステルを眺め、高価なお酒と夫婦の会話をゆっくり楽しんだことだろう。彼はこの上なく上機嫌でエステルの願いを聞こうとするが、エステルはここでは何も言わない。彼女はまずこの酒宴で、30日間ご無沙汰していた王とのブランクを埋め、夫婦の心の絆を取戻したものの、すぐにその場では真意を告げないという慎重さを失わなかった。「明日またハマンと一緒にお越しください」


この2度の王妃の招待に自分がよほど信頼されていると確信したハマンは有頂天になり、早速友人達を招いてわが身を自慢しようと自宅に向かうが、宮殿でまた敬礼をしないモルデカイと鉢合わせになり、内心激怒する。そして家に帰り、家族や友人にひとしきり自慢話をしたついでに、鼻持ちならないモルデカイのことも話したところ、妻に「50アンマの棒を立ててモルデカイを吊るしたら」と提案され、即、実行に移してしまう。

ハマンの気分の移り変わりの速さと、思慮浅い性格が浮き彫りにされている記事である。

50アンマは約24メートル。マンションの1階が3メートルの高さに設定されていたとしたら、8階建ての高さにもなる。ペルシアの首都スサがどれほど広くても、当時の街ならどこからも見える高さと言える。モルデカイをここに吊るして見世物にすることを想像し、ハマンはほくそ笑んだ

深く物事を考えず、慎重さに欠ける彼と、命の危険を前にまず制して祈り、慎重にことを進めるエステル。神に頼り、神の意思を実行することを求めて生きる人の模範が王妃エステルに如実に表されている。



次のブログはあまり期間をあけず、過日礼拝メッセージで牧師が語ったストーリーをご紹介します。
今日、このブログを訪れてくださったあなたを、主が深い愛で包んでくださいますように。

| エステル記の学び | 06:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
決断のとき
 

宮殿には規則がある。たとえば、悲しみの装束を着けた格好では門の中に入ってはいけない。また、王にいつでも近づけるのは側近だけで、他の者は王妃を含む全員、許可があるまで近づいてはならない。もし近づいたら謀反と見なされて殺される。など。他にもたくさんの決まりがあったに違いない。王宮に出入りしていたモルデカイも勿論これらの規則は知っていた。

 

にもかかわらず、裂かれた衣服と粗布をまとい、頭から灰を被った悲しみの装束で彼は王宮まで来た。事態を打開するには娘であり王妃であるエステル以外に頼れる人がない。しかし彼は門の中に入れず、またエステルから送られた服にも着替えない。彼は徹底したユダヤ人だから、ペルシア全土のユダヤ人と同じ姿勢を貫き、王妃の親の特権を行使して自分だけ綺麗な服を着、王宮に入るようなことは考えられない。その上、モルデカイとエステルの関係はまだ王に伏せてあった。彼は中に入れないまま宦官にエステルへの言伝(続編48節)を託した。


 

ニュースを受け取り、自分に果された使命を聞かされてエステルは卒倒するほど驚き、「私も王に許可がないと近づけない立場にあるのに、ここ30日お召しがないのです」と言い訳をする。あれほど王が惚れ込んだエステルに1ヶ月もお呼びがかからないとはどういうことか。推測するために年表を開いてみたところ、クセルクセス王はこの頃、父王が果せなかったギリシア征服をもくろんでの第2次ギリシア遠征に相当苦心していた。480年のサラミスの海戦ではギリシアの優れた軍船により敗退し、479年のプラタイヤの陸戦では、ペルシアは大量傭兵による強力かつ統制なき軍団で、地の利の不利な場所での不意を突かれたギリシア軍の戦略敢行によって総崩れ惨敗した。その後、自信を得たギリシアはアテネ黄金期を迎え、ペルシアはギリシア軍に反撃されたまま、長期間、戦時体制が続いていたのである。

 


つまり、戦況が最悪の状態を迎えて、王は大変苛立った状態にあったことが想像される。夜も眠れなかっただろう。その状態の王に勅書をくつがえすようお願いするなど、とてもエステルには考えられない。自分がユダヤ民族であることも明かさねばならない。一体この短気な王はどう反応するだろか。事態が改善されるまで、もうしばらく待ってもらえたら何とか手も打てるかもしれないが、ユダヤ人側にも残された時間はない。モルデカイは「あなたが王妃になったのは、このときのためではなかったのか。」と次の伝言を伝える。エステルはわが身の立場を思い知った。自分にはとうていできる業とは思えない。しかし、自分以外にこの事態に立ち向かえる人はいない。もはや選択の道はない。

 

「スサの全てのユダヤ人を集めて私のために33晩、断食の祈りをささげてください。それから王のもとに行きましょう。

このために死ななければらないのでしたら、死ぬ覚悟でおります」 エステルはそう言って自室に入り、憂いと悲しみの衣をまとって灰をかぶった。続編にあるモルデカイとエステルのそれぞれの祈りは、神の助けのみを求める切実な祈りである。


 
実社会の中で、私たちも時折エステルのような立場に立つ経験をする。自分には負いきれない荷を負わされて大いに困惑するが、周囲を見渡しても自分以外に誰も適任者がいない。重責と孤独感にさいなまれ、失敗するかもしれないという予感に悩まされながら切実に神に祈るとき、私たちの心はこれまでになく神に直結しているのではないだろうか。そして神はそのような祈りを必ず聞いてくださる。

10月12日 バルセロナ日本語で聖書を読む会の学びより

全ての人に力を及ぼされる神よ、

希望を失ったものの声に耳を傾け

われらを悪人の手から救い

わたしを恐れから解き放ってください。

旧約続編エステル記 C エステルの祈り

| エステル記の学び | 03:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
先祖の仇
聖書を読む会の定期集会は9月21日午後4時にPiedra de Ayuda教会にてもたれました。今回はエステル記の続きの学びで、3章1節から4章3節までを、背景を調べながら読みました。

エステル記よりも遥か昔、モーセの時代にイスラエルはアマレク人と戦った。モーセが杖を手に持って腕を挙げ続けると主の御力が現され、遂に彼らを打ち破った。そのときに主は言われた。「わたしは、アマレクの記憶を天の下から完全にぬぐい去る」(出エジプト17章) 



時は過ぎ、サムエルが預言者であった時代に主はふたたびアマレクと戦うことをサウル王に命じた。 「行け。アマレクを打ち、アマレクに属するものは一切、滅ぼしつくせ」 サウルは早速戦に向かい、アマレクを打ち倒して彼らの王アガグを生け捕りにした。(サムエルI 15章) “アガグ人ハマン”とはこのアマレク人の王を祖先に持つ者であった。

キシュ、シムイ、ヤイルと続くベニヤミン族の家系に属する、とエステル記2章で紹介されているモルデカイ。先祖キシュはサウル王の父であり、シムイもサウル家一族の出の者であるから、モルデカイはかつてアマレク人を打った当事者サウルの子孫ということになる。

つまり、モルデカイとハマンは先祖代々からの宿敵であった。ハマンは今や王の右腕になるまでに出世していたが、一方のモルデカイは捕囚民としてペルシアに移民した民。このモルデカイがハマンに敬礼しなかったのは、ハマンが民族の敵だったからか、あるいは神以外の存在に敬礼することを良しとしなかったからなのか、聖書には書かれていないが続編には「わたしがひれ伏さなかったのは、神の栄光の上に人の栄光を置かないためでした」とある。いずれにせよモルデカイはハマンに敬礼をしないことが間違っていないことを確信していた。



そしてハマンは彼に敬礼をしない目障りな男がユダヤ人だと知った。モルデカイがユダヤ人だったことをかえってハマンは好機と思っただろうか。こうなったらモルデカイだけを罰するのではなく、ユダヤ民族を皆殺しにしたい。民族の仇を取るなら今がチャンス。早速王をまるめこみ、同僚たちと共に王の名義で勅書を書いた。続編に勅書の全文が書かれているが、そこではハマンがこれ以上ないほど絶賛されている。そして、「12月14日(*) をもってユダヤ民族は全滅する」という勅書にペルシア全土のユダヤ人は震え上がった。モルデカイの「正しい」はずの行為がこのような取り返しのつかない事となって裏目に出てしまった。モルデカイは都の中に出て苦悩の声を上げる。 (*) 続編:「くじはアダルの月の14日に当たった」より。

私たちにも、彼の気持ちがよくわかりました。それは恐らく現代社会でも同じ経験が繰り返されているからでしょう。過去のわだかまりを引きずり、いつか逆転ホームランを打って相手を負かしたい。そういう思いが人間の心の中に潜み、取り返しのつかない事態を招いてしまう。しかしその事態に神が働きかけてくださるという見通しがあることに感謝しつつ読みました。

今日このブログを訪れてくださったあなたを主が聖別してくださいますように。
| エステル記の学び | 07:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
オトコの気持ち
ずいぶん長いこと、記事のアップができずにいました。その間にこのブログを訪問してくださった方にはがっかりさせてしまい、本当にすみませんでした。

バルセロナ日本語で聖書を読む会は6月15日に定期集会を持ち、エステル記の研究を続けました。旧約聖書のエステル記(ヘブル語)と旧約続編のエステル記(ギリシア語)を併行して読む楽しさをあらためて味わった学びでした。

まず、王妃ワシュティが王から「着飾ってこちらに来なさい」という命令を受けたとき、この命令に従わなかったことについて、旧約では「これは全ての民にとって都合の悪いことです」と言うにとどめていますが、続編では1章17節にまず「王は、王妃がどう言って自分に楯ついたのかを長官らに詳しく語っていた」とあり、そのため「ムカイは「王妃ワシュティは王ばかりでなく、長官および指導者全員を侮辱した」と言い切ったとあります。



王は純粋にワシュティの夫として、自分がどれほど美しい女性を妻としているかを自慢したかっただけなのかもしれない。彼女がどれほどプライドが高くてそうした扱いを受けるのが嫌かというのを理解せず、オトコとして、美をたたえられるのは女性として嬉しいはずだとしか思わなかったのでしょう。時代が時代ですから、妻は夫に逆らわないという生活習慣はありましたが、若い夫として、彼は女性が深い感情を持つという点を知らなかったということなのかもしれません。

ワシュティの拒否に怒り狂ったのは、聖書を読む限り、どちらかというと王より家臣たちです。ということは、宮殿内ではワシュティ自身、家臣に嫌われていた存在だったような空気を感じました。王は一人のオトコとして、心が通っていると信じていた美しい妻に拒否されたことに、ひたすら傷ついていたのではないでしょうか。このシーンではとても陰が薄く感じられます。

スサ遺跡

ワシュティを宮殿から追放し、自らも戦争に出て気を紛らわせたものの、妻のいない宮殿に帰った王はとても物足りなく感じたようで、「彼女のことを口にするようになった」と聖書は伝えています。オトコとして、どれだけ妾がたくさんいようと、やはり本気で愛しあうことのできる相手の必要性を感じたのでしょう。オトコというのは、どれだけ強くても女性の愛に支えられていなければ生きた心地がしない人間なのかもしれないと感じました。

一方、家臣にも王にもすぐに好かれたエステルは、聖書に書かれてある通り幼いころに両親を失ったモルデカイのいとこですが、彼がエステルを養っていた意図を続編は「エステルの両親が亡くなったとき以来、モルデカイは自分の妻にしようと、引き取って養っていた。」とあります。美しく、性格が良く、若いエステルをモルデカイがどれほどいつくしんでいたかと思うと、彼女を王に横取りされ、王宮の内庭(ハーレムの庭)を心配してうろうろし続けた彼のオトコの心情に思いを馳せずにはいられませんでした。



ピグダンとテレシュの謀反の企てについても、旧約にはなぜ彼らが謀反を企てたか理由を説明してませんが、続編には「モルデカイが登用されたことに憤慨して王を殺そうとたくらんだ」と書かれてあります。モルデカイがユダヤ民族であり、捕囚民でありながら王に抜擢されていくのが周囲に強い摩擦を生んでいたのかもしれません。

神学者の見解は様々だと思いますが、メンバー一同にとってエステル記がワクワクドキドキもののドラマになっていることは確かです。今後の学びもまた楽しみです。

次回の集会はいよいよ、工藤さんをお招きしてのコンサートです。多くの方が聴きに来られ、胸を打つ工藤さんの歌と証に耳を傾けて欲しいと祈っています。
| エステル記の学び | 06:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
ハマンの耳(月報41)
4月13日、毎月恒例の集会が持たれました。今回から旧約聖書のエステル記を学ぶことになりましたが、カトリックとの合同集会である私たちは、旧約聖書続編のギリシア語エステル記も並行して読むことにしました。

学びの前に、現在のイスラエルではどのような生活をしているのかを書きつづった、在イスラエル日本人女性が同人誌『地球通信』に投稿した記事を読みました。

春は「プリム」の祭りで始まります。プリムとは、昔、王妃エステルがペルシヤからユダヤ人を救ったことを記念するお祭りです。仮装する習慣があり、街は仮装した人たちでいっぱいになります。この日は「ハマンの耳」というクッキーを食べますが、これは昔、悪大臣のハマンがユダヤ人にした悪行を忘れないためです。祭りが近くなると、保育園、学校などでは旧約聖書「エステル記」をもとにしたお話を読み、親しい者が集まってパーティーを楽しみます。(後略)



今でも本当にプリムの祭りがこのように確かに祝われていることを知ってから、そのいきさつが書かれてあるエステル記を開きました。

クセルクセス王が治めていたインドからクシュの地域、ペルシアとメディア、そして都スサの場所を地図で確認してその広大さに圧倒され、王宮の装飾ひとつひとつを、続編に書かれてある詳細を読みながら想像して、王の羽振りのよさと酒宴の豪快さに息をのみました。

次回の学びでは、いよいよ王妃ワシュティの事件とエステル登場のいきさつを学びます。

ところで、ハマンの耳クッキーに刺激されてプリムの祭りについてさらに調べてみると、このようなことが書いてある記事がありました。



子供たちは学校でエステル記を学び、大人たちはシナゴークに集まってエステル記を朗読するのですが、朗読中「ハマン」という名が発音されたら、そのつど足を踏みならしてブーイングをするのです」

エステル記の事件が事実であったかはさておき、死後2500年も経った今でも、わが身の恥を読み継がれてはブーイングされるハマンが少し哀れにすら思えました。

次回の聖書を読む会は5月18日、午後4時から下山宅にて持たれます。どうぞ奮ってご参加ください。

今日このブログを訪れてくださった方を、主が豊かな愛で包まれますように。
| エステル記の学び | 01:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
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