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バルセロナで日本語の礼拝に参列したい、聖書を読んでみたい、と思う方々への案内用ブログです。プロテスタントとカトリックの合同集会ですが、洗礼を受けているか否かに関わらず、聖書に興味をもたれる方ならどなたでも歓迎します。なお、統一教会やエホバの証人など、いわゆる異端といわれる宗派とは一切関係ありません。
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誰のために苦しむのか
しばらく慌ただしい日が続き、ブログが更新できずにいましたこと、お詫びいたします。今日は久々に、集会の近況報告をします。

聖書を読む会の定期集会は3月9日午後4時に下山宅にてもたれました。今回は受難週に備え、DVD『パッション』を皆で鑑賞しました。

鑑賞する前に、聖書を読みながらこの日の出来事を思い、私達自身の罪は何かと考えました。具体的には言い表せなくても根底にある、神から目を離しがちになる人間の弱さ、主から背を向けている自分を正しいと思っていた頃の罪を思い起こし、こうした罪に対する神の怒りを最後の審判の日に私たち自身が受ける前に、イエス様が代わりに身を持って受け止め、鞭打たれ、死によって贖ってくださったことを考えました。

こうして観てみると、主イエスが鞭打たれる場面の生々しさは、まさに私達に向かう鞭の痛みとなって迫り、うっぷん晴らしを楽しむかのような表情で主イエスの体に鞭を振り下ろす執行人たちこそ、自分たちの姿であることを感じました。



十字架の死は神によって呪われた死。つまり呪われていたのは私であって、その私にかかっていた呪いを自らの上に担うために、ゴルゴタへの苦渋に満ちた道を行き、6時間もの間十字架の上で死の苦しみを耐え、ついにその死によって私を贖ってくださったということが映像を通して観る者の胸に迫り、DVDを観ながら涙を禁じることができませんでした。

改めて主の深い愛を実感して感動に打ちのめされ、その愛ゆえの犠牲に心からの感謝の祈りを捧げました。


捕えられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。
彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか
わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり
命ある者の地から断たれたことを。(イザヤ書53章8節)strong>

4月の集会は13日、午後4時から下山宅で持たれます。ミラノから宣教師をお招きしてメッセージを取り次いでくださいます。ぜひお越しください。

今日、このブログを訪れてくださったあなたを、主が暖かく抱きしめてくださいますように。
| 近況報告 | 09:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
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