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バルセロナで日本語の礼拝に参列したい、聖書を読んでみたい、と思う方々への案内用ブログです。プロテスタントとカトリックの合同集会ですが、洗礼を受けているか否かに関わらず、聖書に興味をもたれる方ならどなたでも歓迎します。なお、統一教会やエホバの証人など、いわゆる異端といわれる宗派とは一切関係ありません。
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汚い藁
数年前のクリスマス、私は礼拝堂のイスに座って牧師が語るメッセージを聞いていました。メッセージはマリアの賛歌(ルカによる福音書1章46-56)がテーマだったと思います。彼女は結婚する前にみごもり、親戚のエリサベツの家に3か月ほど滞在したときに彼女と語り合い、神を心から称えたのです。

妊娠初期の3か月といえば・・・ 礼拝中にもかかわらず、私はマリアの時代へと空想の中で浮遊していきました。

時は紀元前のユダヤ社会。厳しい戒律を守り切ることが定めとされている時代ですから、もちろん婚前交渉や同棲など許されません。未婚の女が妊娠したら直ちに裁判にかけられ、頭から布をかぶせられて穴に下半身を埋め込まれ、周囲から皆に石を投げつけられて死ぬ。それが正しいとされる世界でしたから、清く正しい生活を送っていたマリアのところに突然天使が現れて「おめでとうマリア、あなたは身ごもって男の子を産みます」と言われた時には愕然としたことだろう。



目の前真っ暗、気絶寸前のマリアには自分が石打の刑に処せられる姿が目に映ったに違いない。「どうしてそんなことがありえましょうか」と反論するが、天使は「あなたの親類エリザベトもすでに妊娠6ヶ月です。神にできないことはないのです」と言葉をつなぐ。ついにマリアが天使に「私は主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」と言うが、本当は内心、夢であってくれと願っていたのではなかったかと空想した。

しかし妊娠は現実となって現れた。つわりの症状が発生したのだ。肉売りの前や各家の食事の支度の臭いを嗅ぐたびに「うっ」となる状況は、妊娠を経験した女の目にすぐそれと知れる。マリアは母に泣いて相談し、母は半狂乱になった。そして母娘は途方にくれた。

「そうだ、親戚のエリザベツを訪問させよう。妊婦の親戚を手伝いに行くという理由なら誰にも怪しまれないし、きっとエリザベツならマリアを理解してくれるかもしれない」彼女たちはさっそくそう決め、マリアは支度を整えて出かけて行った。



エリザベツはマリアをみると喜んだ。顔色が悪いと思ったが、挨拶をした時に自分の胎児がいつもと違う大きな動きをしたことで鋭く察し、「あなたは主のお母様になるのだわ」とマリアを祝福した。驚いたのはマリアの方だろう。途方にくれた状態で親戚の家に着いたとたん、状況がすべて察知されたのだから。マリアはさっそくこれまでのいきさつを隠さず話し、ふたりは夜通し語り合った。ここまで来て、ようやくマリアは事態を現実として受け止めることができ、未婚の状態で神の子を出産することを受け入れることができたのだ。だからこんなに素晴らしい賛歌がその口からほとばしったのだ、と空想の中で私は感じた。

3か月もするとつわりはおさまり「遠隔地で許婚者と結婚した」という形でマリアは実家に戻った。そして心穏やかな妊娠の日々を送った。

しかし、穏やかな日はそう長く続かなかった。住民登録をするようにという勅令が下り、長い旅に出なければならなくなったのだ。旅は妊婦にとって危険である他、道中はいたるところで山賊も出る。「神が望んでおられる妊娠なのに、どうしてこんな危険な旅を?」と、私なら神様を疑いたくなるだろう。マリアはどうだったか知らないが、とにかくヨセフとともにベツレヘムへと旅立った。

旅はなんとか守られたが、ベツレヘムに着いたころ、マリアは産気づいてしまった。今夜は野宿するわけにいかない。ヨセフは走り回って宿を探した。1軒、また1軒と小走りに探すが、事情を話しても誰も空き部屋がない。周囲も旅人ばかりで皆、他の人を助ける余裕もなさそうだ。マリアはうずくまってしまった。・・・「もう歩けない」
その彼女を見て「馬小屋でよければ」という申し出は、不幸中の幸いと受け取るしかなかった。



出産を助けてくれる産婆も登録で町を出ていたのかもしれない。産婆を連れてきてもくれる人もなかった。ヨセフは大急ぎで藁をかき集めてマリアを寝かせ、どうすればよいのか全く分からない状態で出産の準備をした。誰からも助けてもらえない孤独な状況のなかで、とても緊迫した出産が始まり、しかし赤ちゃんは無事に生まれて元気な産声を上げた。二人の安堵はどれほど大きかったことだろう。

「そうだ、赤ん坊を寝かせる藁を集めなければ」ヨセフは飼い葉おけに藁を集めた。しかし、その藁には牛馬の糞がところどころに付き、よく見ると虫も這っていた。空想の中で、私は確かに虫が数匹うごめいているのを見たのだ。

「初めての子供をこんな危険な事態のなかではらませ、こんな危険な旅を強い、生まれても普通の部屋にも置いてやれないばかりか、こんな汚い藁に寝かせるなんて、冗談じゃない。私を祝福するといわれた神様がこんなことをするはずながい!」 短気な私は、自分だったらわが子を不憫に思うあまり、そう胸の内に思うだろうと思った。その時だった。私の胸に神様の言葉が直撃してきたのだ。

「その藁は、お前だ」

私はとても驚いた。その言葉に、というより、この予想だにしない一言のフレーズが、まさに電光直下のごとく私の胸の内に入ってきたことに驚いたのだ。それから私はこの言葉の意味を知った。

そう、認めたくなかったが、私は確かに汚い藁、虫の這った藁なのだ。そんな人間なのだ。それなのに、その汚い藁に神様は自分の子を寝かせることを良しとした。そうすることで私を浄化できるのだから。そしてそのために、ただ私のために、神はマリアにこれほどの苦労を負わせたのだということがわかり、私の心は感動でうちふるえた。

この日、私という汚い人間の胸に主イエスが生まれた。

そして我に帰ったとき、講壇の牧師が読み上げたマリアの賛歌は、そのまま私の告白となった。

わたしの魂は主をあがめ、
わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。
今から後、いつの世の人も私を幸いな者と言うでしょう。
(ルカによる福音書1章47-48節)

下山由紀子

またアップロードに時間がかかってしまい、恐縮です。
今日、このブログを訪れてくださったあなたに、神の救いがありますように。
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