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バルセロナで日本語の礼拝に参列したい、聖書を読んでみたい、と思う方々への案内用ブログです。プロテスタントとカトリックの合同集会ですが、洗礼を受けているか否かに関わらず、聖書に興味をもたれる方ならどなたでも歓迎します。なお、統一教会やエホバの証人など、いわゆる異端といわれる宗派とは一切関係ありません。
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私を愛するか
 すがすがしい ある朝、私は日の出を見ようと思って早起きした。
そして魂を洗われるような美しい景色に感動し、
「なんと素晴らしい光景なんだろう!この世に神の創造ほど見事なものはほかにない」
と、心から思った。


私は天地を創造された神を賛美しつつ、この美しい景色を飽きずに眺めた。
景色は次第に変化して、私を魅了してやまなかった。
そのとき、私は主が横に立って一緒におられるのを感じた。

やさしい春の風に乗ってきたように、静かな声が聞こえてきた。
「私を愛するか?」 と声は聞いた。
「もちろんです、主よ!
あなたは私の主、私の救い主です!」 と私は答えた。

すると主がふたたび聞いた。
「たとえあなたの身体に障害があっても、あなたは私を愛するか?」
私は当惑して、自分の腕、脚、そして体全体を見つめた。
今は簡単にできるあらゆることの多くができない自分を想像した。
「難しいかもしれません。でも私はあなたを愛するでしょう。」
私はそう主に答えた。


主はまた私に聞かれた。
「たとえあなたの目が見えなくても、あなたは私の創造を信じるか?」
目が見えなかったら、どうして主の創造を見ることができるだろう?
そして私は、目の見えない全ての人々に思いをめぐらせた。
そのような障害にもかかわらず、彼らの多くは神とその創造を信じている。
私は主に答えた。
「その状況を考えるのは難しいことですが、それでも私はあなたを愛するでしょう。」

主はまた私に聞かれた。
「たとえあなたの耳が聞こえなくても、あなたは私の声を聞くか?」
耳が聞こえなかったら、と私は一瞬考えたが、主の声を聞くのは耳ではない。
主の声は心で聞く。そこで私は即座に答えた。
「難しいことかもしれませんが、それでも私はあなたの言葉を聞くでしょう。」

主はまた私に聞かれた。
「たとえあなたの口が語れなくても、私の名を賛美するか?」
私は思った。言われてみれば聾唖だったらどのようにして主を賛美すればいいのか?
しかし声にならなくても、私たちの心からの、魂からの賛美を主は喜ばれる。
主を賛美するのに、必ずしも声は必要不可欠ではない。
仕える者として生きるとき、私たちは、仕える方として来られた主を見習うことにより、主に栄光を帰しているのだと気がついた。
そこで私は答えた。
「身体的な問題で歌うことができなくても、私は絶えずあなたの御名を賛美します。」


主はまた私に聞かれた。
「お前は真実に私を愛するか」
確信と信念をもって、私は真心から答えた。
「はい、主よ。あなたを愛します。あなたこそ唯一の本当の神だからです。」

私は主に、すべて的確な言葉で答えられた思った。
しかし主はまた私に聞いた。

「もし私を愛しているなら、なぜいまだに罪を犯し続けるのか?」
「それは・・・私が単なる人間であり、完全ではないからです。」

「それでは、ことが順調に進む時、なぜお前は私を離れるのか?
 なぜ苦しい時にだけ、私に祈るのか」

私は答えに窮した。そして目に涙があふれてきた。
神は続けて私に聞いた。

「なぜ教会や修養会の中だけでしか歌わないのか?
 なぜ賛美の時にしか私を捜そうとしないのか?
 なぜ利己的なことばかり私に願うのか?
 なぜ信じていないことをあれこれ私に頼むのか?」

私の目にあふれていた涙がこぼれ落ちた。

「なぜ、頻繁に私をはずかしめるのか?
 なぜ、私の福音を語らないのか?
 なぜ、苦しみの時に人からの慰めを求め、真に慰めようとする私に来ないのか?
 なぜ、私の名によって働く機会を与えようとすると、様々な言い訳を言うのか?」

私は理由を探した。しかし見当たらなかった。

「私はおまえの人生を祝福した。
 しかしお前は、この贈り物の価値を過小評価してしまった。
 私はお前に、神に仕えるための賜物を与えて祝福した。
 しかし、お前は私に背を向け続けている。

 私はお前に語った。
 しかしお前はその言葉から知識を得なかった。
 私はお前に語ったが、お前の耳はふさがれていたのだ。

 私はお前に祝福が見えるようにした。
 しかしお前の眼は一度もそれを見ようとしなかった。

 私はお前に預言者たち、使徒たち、使いの者を送った。
 しかしお前は座ったまま動かず、彼らが人々に拒否されていても動かなかった。

 私はお前の祈りを聞き、そのすべての祈りに答えた。
 お前は本当に私を愛するか?」

私は答えられなかった。どうして答えられるだろう?私は心底恥ずかった。
言い訳はひとつも見当たらなかった。何を言えば良いのか全くわからなかった。


私の心が涙とともに流れ出て、その流れは尽きなかった。
泣きながら私は言った。
「主よ、どうか赦して下さい!私はあなたの息子としてふさわしくありません」

そして主は私の言葉にこたえて言われた。
「これが私の恵みだ。お前は私の息子だ!」

私はその時主に問いただした。
「なぜ私を赦し続けるのですか?なぜそれほどにも私を愛されるのですか?」

「お前は私が創造したからだ」 と主は答えられた。
「お前は私の息子だ。私は決してお前を見捨てない。
 お前が泣く時、お前の気持ちを深く感じて、私はお前と一緒に泣く。
 お前が喜ぶとき、私もお前と一緒に喜ぶ。
 お前が悲しみに暮れるとき、私はお前の気持ちを喜びに変える。
 お前が転んだら、私はお前を立ち上がらせる。
 お前が疲れてしまったら、私はお前を腕に抱く。
 私は終わりの日までずっとお前と一緒に歩き、いつまでもお前を愛する」


私は今まで、こんなに泣いたことはないというほど泣きながら胸に思った。
私はどうしてこんなに冷たい者なのだろうか。
どうしたら、これほどの神の愛に応えることができるだろうか?

そこで主に聞いた。「私をどれほど愛しておられるのですか?」
主は私をその胸にきつく抱きしめてくださった。

その時、私は主の手に残る傷痕に気づいた。
私は、キリストであり救い主である主の足もとにひざまづいた。
そして、多分この時はじめて、本当の心からの祈りをささげた。

Roberto Velert 師のメッセージより抜粋


ずいぶん、この詩の訳に時間がかかってしまいました。でももしこの詩が読者の胸を打たなかったとしたら、それはとりもなおさず、私の翻訳がへたくそなせいです。
主が、直接あなたに語ってくださるよう、心をこめ、信じてお祈りしています。



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