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バルセロナで日本語の礼拝に参列したい、聖書を読んでみたい、と思う方々への案内用ブログです。プロテスタントとカトリックの合同集会ですが、洗礼を受けているか否かに関わらず、聖書に興味をもたれる方ならどなたでも歓迎します。なお、統一教会やエホバの証人など、いわゆる異端といわれる宗派とは一切関係ありません。
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揺らぐ王国ユダ
 父王が家臣に殺された時、息子ヨシヤはわずか8歳の少年であった。

ヨシヤの父も、そして祖父も、ヤハウェの神にそむいた人生を送り、罪を重ねた王たちだった。特に祖父マナセ王が犯した罪は重かった。ユダの王の中では治世が最長だったマナセ王は、神殿の中に異教の祭壇を築き、偶像を設置し、自分の子供を火で焼き、自国民を次々と殺してエルサレム中を血の海とした。ユダ王国史では最悪の王と評価されている。

「マナセの引き起こした主のすべての憤りのために、主はユダに向かって燃え上がった激しい怒りの炎を おさめようとはなさらなかった」(II列王記 23:26) と聖書にもある通り、主はマナセのしたことを赦そうとはなさらなかった。そしてついにユダを敵の手に渡すことを決意されるに至った。(II列王記 21:14)

            マナセ王が建てた偶像を引き倒すヨシヤ王の改革

主の決意は絶対だが、そのような神の決意を知らない少年ヨシヤは、父王を継いでユダの王に即位した(前639年)。幸いなことに、まだ純粋な心をもった彼には神を敬う母と、祭司である母方の祖父がいた。彼は16歳の時にダビデの神を求めはじめ、20歳になると国の改革に着手した。ヨシヤ王は主の前に正しく歩み、父たちが建てた偶像を一掃して主の神殿を再建した。国民は長い間の悪政から神に立ち返る精神をすでに失ってしまっていたため、改革はうまく進まなかったが、それでも彼はあきらめなかった。

そのころ、アッシリア地方にスクテヤ人という野蛮な民族が怒涛のように侵入し、アッシリア中を荒らした。そして弱まったアッシリアを見て、好機とばかりバビロニアたアッシリア方面に進軍しはじめた。これを察知したエジプトも、バビロニアの西方拡大を阻止しようと、ユーフラテス川方面に北上した。



エジプト軍の北方遠征の通り道となるユダ王国は、当時アッシリアの支配下にあったので、立場上アッシリアに援軍しなければならない。そこでヨシヤ王はメギドでエジプトを迎え撃つことになった。

メギドはガリラヤ湖の南西約40Kmにある交易都市。ヨシヤ王はここに防御線を展開し、万全の準備を整えた。エジプト王ファラオン・ネコ(Nekau)にとって敵はユダではなかったのだが、攻撃を仕掛けてきたヨシヤ王に向かって矢を放ち、ヨシヤを射殺してしまった。ユダとエルサレムの全ての人たちはヨシヤ王の死を心から悼み、預言者エレミヤは彼を悼んで哀歌を作った。この哀歌は今日まで歌い継がれている。(歴代下35:20-25)

この時からユダは、今度はエジプトの支配下になり、ヨシヤ王の子、ヨアハズが即位した。



さて、シリア・パレスチナ地方の覇権を獲得したエジプト軍さらに北へ北へと進軍し、ついにユーフラテス川沿いにあるカルケミシュでバビロニアと対峙、ここで激戦を繰り広げた。しかし、ついにエジプト軍がネブカドネツァル率いるバビロニア軍より不慮の攻撃を受けて敗北し、南へと押し返されてしまった。(前605年)

カルケミシュの戦いに向けて進軍する前、エジプトはシリアまでを領土に持っていたが、この戦いに負けたことにより、ネブカドネツァル王にシナイ半島まで押し返され、ユダ王国はバビロニアの支配下にはいった。


今は見当たらないが、古代の地図にはシナイ半島の東に「エジプトの川」という名の川が流れている。ネブカドネツァルに敗退したエジプト軍はこの川の向こうまで押しやられ、ここに国境を敷かれた。このエジプトの国境は、驚いたことに現在もそのままの位置にある。メソポタミア地方の国々の国境はすべて、過去の形跡が見られないほどに書き換えられたというのに、この国境線だけは紀元前600年から微動だにしていない。そしてこのことは聖書に預言されていた。

エジプトの王は自分の地から再び出てくることがなかった。バビロンの王が、エジプトの川からユーフラテス川に至るまで、エジプトの王のものであった全ての地方を占領したからである。(列王下24:7)

主の御言葉は、確かにこの社会に実現されている。


捧げものをするファラオ・ネコ



歴史を調べ始めると、おもしろくてつい余計なことまで調べてしまう性格が邪魔をして、ダニエル書の公開が遅々として進んでいない点、お詫びします。ただ、バルセロナ日本語で聖書を読む会では、この学びを全員「面白い」と感じいて、背景を丁寧に学びながら興味深く読み進んでいます。次回はようやくダニエル書1章1節に登場するヨヤキム王のエピソードです。

今日、このブログを訪れてくださったあなたに、聖書が語りかけてくださいますように。



| ダニエル書研究 | 00:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
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