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バルセロナで日本語の礼拝に参列したい、聖書を読んでみたい、と思う方々への案内用ブログです。プロテスタントとカトリックの合同集会ですが、洗礼を受けているか否かに関わらず、聖書に興味をもたれる方ならどなたでも歓迎します。なお、統一教会やエホバの証人など、いわゆる異端といわれる宗派とは一切関係ありません。
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月報2012年3月号 神のことばに聞く
 バルセロナ日本語で聖書を読む会の月報第85号をお送りします。

聖書を読む会の定期集会は325日午後、主催者宅にてもたれ、ルカによる福音書の15節から25節を学びました。

 ヘロデ王の時代。

それは滅ぼされた先代ハスモン王朝の生き残りと、イスラエルの支配権を握るローマ帝国、ローマ帝国に服従する約束で王座を得たヘロデ王、ユダヤをユダヤとして指導しようと派閥闘争を続ける律法学者たち、そしてサンヘドリン(最高法院)が、それぞれの権力を主張してひしめきあう、ストレスの強い時代だった。 人々に神の言葉を伝えてくれる預言者の存在もマラキを最後に絶えて既に400年。国内は混乱を極めており、祭司たちは神殿での務めの度に、国の平定を祈っていたことが想像される。そしてこの日、アビヤの組が神殿の務めの当番となり、ザカリヤが聖所に入って香をたくことになって、大勢の民衆の祈る中、彼はひとり幕屋の中へと入って行った。


ザカリヤの妻エリザベトはアロン家の娘の一人。アロンはモーセの兄弟で、かつて神様から直接祭司職を任命されている。(出エジプト28:1 


つまり彼女は祭司職の名門一族の出身。夫婦そろって律法を隅々まで守り、怠ることはなかったが、エリザベトは不妊だった。不妊は当時、罪の因果であるとされていたので、これほど正しく生活しているのに何故子供が授からないのか二人には理解できず、周囲の視線が痛い日々を送っていた。


ザカリヤもかつては子が授かるよう祈ったが、年をとった今はそのことも忘れていた。


だから幕屋の中で天使ガブリエルが現れ、ザカリヤに子供が授かり、その子は主の前に偉大な人となることを、常々読んで祈っていたマラキ書にある言葉を用いて告げられたにもかかわらず、ただひたすら子供が授かるという内容に驚愕してしまった。     

 (スペイン・アビラにあるザカリヤ像)

「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。私は老人ですし、妻も年をとっています」


 神からの言葉があったとき、その言葉を確信するためのしるしを求めた人物はこれまでにも非常に多く、ザカリヤの気持ちももっともだが、天使は神の言葉の内容よりも、子供が授かるということに驚き不信を抱いてしまった。


そのザカリヤに対し、天使は、罰も含めて口がきけなくなるというしるしを与えた。


香をたき終えた祭司は幕屋から出た時、そこで祈りながら待っていた人々に祝祷を捧げることになっていたが、長時間手間取ってようやく出てきたザカリヤは、それすらできなくなっていた。


 1週間の勤めが終わって自宅に帰り、妻エリザベトに事の次第を知らせた時、彼女がどのような反応を示したか聖書には書かれていない。しかし、彼女は5ヶ月間自宅に引きこもった。


妊娠中、初期につわりが起こるのが普通だが、この症状がないケースもかなりある。その場合は妊婦自身、自分が本当に妊娠しているという実感がないが、5ヶ月目に入ると胎動を感じ、この事実を確信できるようになる。恐らくエリザベトはその時期まで沈黙を守ったのだろう。胎児の動きに気付いた時の喜びはどれほどだっただろうか。彼女の気持ちは125節に心からの神への感謝の言葉となって表現されている。


【下山牧師のメッセージ】

イスラエルの慰め(2:25)やエルサレムの贖い(2:38)を祈るザカリヤの姿は「正しい」人のあるべき姿でした。しかし取税人の祈りのように「正しさという信仰」は強い自己主張を伴っているようです。そこに聞くという姿勢が抜け落ちているからです。ザカリヤが「声を失った」のは、聞くためでした。「正しい」ユダヤ人としての自己主張のあり方から、「神様のことばに聞く」世界へと招かれたのです。「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみ言葉によるのです(ロマ10:17)」私たちも聞く信仰を培いたいですね。                           

3月の集会参加者は大人4人でした。


ヘロデ大王 よもやま話:


紀元前73年、パレスチナ南部の生まれで両親はアラブ人。

アンティパトロスは紀元前47年にジュリアス・シーザーの信頼を勝ち得てユダヤの監督者に任命され、彼の死後、ユダヤを統治していた(つもりの)ハスモン王朝の反対を押し切って、ローマ議会は息子ヘロデを王として前39年に認めた。しかし彼が実際権力の座を得たのは2年後の前37年。

ヘロデはハスモン王朝の姫マリアムナと結婚してユダヤとの関係改善につとめたが、最終的には自分の王座をおびやかすハスモン王朝の末裔全員を処刑している。これには妻と、妻との間にもうけた二人のわが子をも含んでおり、後にマタイ福音書216節に記録されてある、新生児男子の全員虐殺を命じたヘロデの人格がうかがわれる。

ヘロデの執政のはじめは2グループのユダヤ党(サドカイ派とパリサイ派)の敵対関係と、ヘロデに敵意を抱くハスモン王朝の生き残りがエジプトの女王クレオパトラと提携して抵抗したので難航した。

ヘロデは最高法院の指導的なレビ族祭司たちを迷わず処刑して最高法院の影響を弱め、以来、法院は宗教的な問題のみを裁くようになっている。

紀元前25から13年までは充実した国政となり、エルサレム、エリコ、カイザリアに劇場や競技場、皇帝アウグストを讃えてスタートした娯楽会場Circoなど、多くの建築物を建立。アラブからの襲撃からユダヤを守るための砦を堅固にし、ユダヤ教の教えに忠実に従ってエルサレムの寺院の大改築も手掛けた。

実際にユダヤ教徒として生活したが、この王が外国人であることとローマになびいている点で国民に憎まれ続け、晩年は王宮内の陰謀にも振り回される苦い時期だった。紀元1年(あるいは4年)3月か4月にエリコで死去。


お知らせ:

次回の聖書を読む会集会: 428日(土)午後430分から 主催者宅にて4月の集会には、ロンドンから若手の伝道師、江尻剛先生にお越しいただいてメッセージをとりついていただきます。集いでおなじみのとっても楽しい剛先生。ぜひ皆さん奮ってご参加ください。特に若い方にはぜひお薦めです!楽しいひとときと夕食交流を持ちましょう。

震災から1年がたちました。先月いただいた『百万人の福音』3月号には、被災地の教会から10件の証が寄せられていました。そのうちの一つは私たちが心からの祈りをささげる気仙沼第一聖書教会でしたが、どの証にも、「東北であまり地元に溶け込めずにいたキリスト教会が、復興活動のために場所を提供したり、積極的なサービス提供の場となったことで、地域に受け入れられるようになった」という内容が書かれていました。これからも被災地の復興は続きます。ぜひ今後も可能な限りの支援活動と、お祈りによるサポートを提供していきたいと願っています。

201282日から5日まで、オランダにてキリスト者の集いが今年も開催されます。毎年欧州各地(日本や北米からも)から参加者が300人前後も集まってワイワイと過ごすこの集い。新たな友人を得たり旧友と再会しながら友に聖書のみ言葉に耳を傾ける恵みは言葉では言い表せない恵みに満ちています。今年の参加申し込みは416日から30日まで。参加して後悔した人はいません。ぜひ前向きにご検討ください。資料をご希望の方は主催者までメールください。


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