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バルセロナで日本語の礼拝に参列したい、聖書を読んでみたい、と思う方々への案内用ブログです。プロテスタントとカトリックの合同集会ですが、洗礼を受けているか否かに関わらず、聖書に興味をもたれる方ならどなたでも歓迎します。なお、統一教会やエホバの証人など、いわゆる異端といわれる宗派とは一切関係ありません。
私だ
彼は裕福な家に生まれ頭脳も明晰だったが、その明晰な頭脳、特に夢を読解する能力が、兄たちにうとまれてしまった。そしてある日、仕事に出ている兄たちのもとへ使いに出されたとき、彼らにだまされて通りがかりの商人に奴隷として売り飛ばされてしまった。(創世記37章)



家族として信頼していた兄たちに受けた仕打ちをどのように彼は耐えたのだろうか。しかし彼は奴隷として忠実に働き、主人の信頼を得るに至った。

瑞々しい好青年に育ったヨセフを、主人の妻が誘惑した。しかし彼はその誘惑に応じないで立ち去った。これを不服に思った妻は「あの奴隷が私を犯そうとした」と彼に濡れ衣を着せたので、ヨセフは投獄されてしまった。(創世記39章)



無実の身で牢に送られた彼はわが身を嘆いただろうか。しかしここでも彼は正しく振る舞い、監守長から全幅の信頼を得るに至った。

この監獄に王の料理長と給仕役が連れてこられた。二人は獄舎で同時に不思議な夢を見、ヨセフがその夢を解き明かした。その夢の解き明かしの通り、王は給仕役を釈放した。ヨセフは給仕役が復職するときに自分の身の上を話し、王に助けを求めてくれるようお願いしていたが、給仕役はそんなことなど、すっかり忘れてしまった。(創世記40章)

ヨセフは給仕役に自分が忘れ去られたことに気づいたとき、彼を恨んだだろうか。時は過ぎ、それから2年の歳月が流れた。

王は不思議な夢を見た。夢は何度も繰り返され、王はこの夢を読解できる者を探した。そのとき給仕長がようやくヨセフのことを思い出して王に伝えたので彼はようやく牢から出、王の前でその夢を解き明かした。「豊作が7年続いたあと、7年の大飢饉がやってきます」



王はヨセフの聡明さに感心し、彼に神の霊が宿っているのを見て言った。「お前をエジプト全国の上に立つ者とする」 こうしてヨセフは30歳にして王の右腕として働く大臣になった。(創世記41章)

これまでの全ての苦渋が実を結んだようだったが、彼はそれで幸せだっただろうか。

7年の豊作の間にエジプトは食料を備蓄し、7年の大飢饉が始まった。エジプトには周囲の諸国から食料を求める人々がやってきてヨセフの前に列を作った。その中に、かつて自分を売った兄たちの哀れな姿があった。

ヨセフを彼だと識別できない兄たちはエジプトの大臣に、年老いた父親のためにも食料を求めて懇願した。ヨセフは彼らを見て別室に行き、大声で泣いた。ヨセフは何度か彼らを試した後、平静を装い続けることができなくなって人払いをし、兄たちに身を明かした。

「私はヨセフです」

驚きのあまり答えることもできない兄たちを前に、彼は声を上げて泣いた。「どうか、もっと近寄ってください。私はあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。命を救うために、神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのです」



ヨセフは過去のことで兄たちを責めるつもりは既になかった。むしろ、自分のもとに彼らを呼び寄せ、家族の幸せを守りたい、その思いで胸がはりさけそうだった。ヨセフは感無量で兄たちをその腕にしっかりと抱き寄せた。(創世記45章)

神様は今、この時のヨセフと同じ思いで私たちに呼びかけておられる。

「私だ。わかるか。もっと近寄りなさい。私はあなたが罪に売ったイエスだ。あなたの命を救うために、そのようになったのだ。」

イエスはかつて私たちに裏切られ、売り飛ばされ、奴隷の扱いを受け、濡れ衣を着せられ、忘れ去られた。そして今、あなたに永遠の命を与え、本当の幸せを見出してほしいと切望して、赦しの手を差し伸べておられる。

Robert Velert師のメッセージより抜粋


ヨセフの物語は創世記に詳しく記されている神の愛を象徴する壮大なドラマです。聖書を読んだことのない方でも、ぜひ一度手にとって読んでみてください。

10月31日にはビュン在昌牧師をお招きしての特別集会が持たれます。ご興味のある方はぜひお越しください。詳細はバルセロナ日本語で聖書を読む会月報をご参照ください。

今日、このブログを訪れてくださったあなたの心に主の愛が溢れますように。
| メッセージ | 05:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
神がここにおられる
東西を隔てていた壁が崩壊してすぐ次の夏、私はハンブルクから東ドイツへ神様のことを伝えようとテントを持って自転車に乗り、同志たちと2週間の旅をしました。

毎日多くの人に語り続け、最終日の3日前、美しいお城のある城下町に来たところであいにく雨が降り始め、そのうちに大雨になってとてもテントを張れない状況になってしまいました。自転車で宿を探しまわっても、運悪くちょうど国際見本市がひらかれていたためどこも満室、その上ユースホステルも閉まっていました。

夕暮れ時にはすっかりずぶ濡れになり、冷え切った体を大きな木の下で寄り添わせ、必死になって祈りました。

しかし、雨は止む気配も見せません。

このまま立ち尽くしていては気持も冷え切ってしまう。私たちは萎えそうになる心を奮い立たせるために、もうありったけの力を振り絞って讃美歌を歌いました。

♪ 神がここにおられる。私は神の栄光と威厳を感じる。神がここにおられるのだから ♪

森の木立

「あんたたち、そこで何をしているんだ!?」

声に驚いて振り向くと、そこには男の人が立っていました。大雨の中、ずぶ濡れのグループが大声で歌っている姿がどう映ったのでしょうか。私たちは彼に事の次第を説明しました。

すると、何と彼は自分がユースホステルの管理人だと言い、私たちのために休業中のユースホステルを特別に開けてくれたのです。ハレルヤ! この時、確かに主は私たちとともにいてくださったのです。

翌日、私たちはこの町の美しいお城の前で、感謝に溢れて高らかに主を讃美しました。

私の人生で何度となくあった、追い詰められた崖っぷちから信仰に頼って主の御手に救われた、忘れられない思い出のひとつです。


この証はハンブルグ在住の福音歌手、工藤篤子伝道師の著書『讃美のこころ』より著者の許可を得て転載させていただいたものです。この本にはそのほかにも驚くべき体験談が多く書かれており、キリストに生きる者の喜びを垣間見ることができます。ぜひご一読ください。発売はいのちのことば社より。

このブログを訪れてくださったあなたを主が顧みられますように
| メッセージ | 23:52 | comments(0) | trackbacks(1) |
あなたに必要なもの
また、群衆が飼い主のいない羊のように弱りはて、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。-マタイによる福音書9章36節-

羊は道に迷いやすい。

だからこそ群れの中に混ざって過ごし、いつも同じ山を歩いているのに、道を外れてしまうことがある。そして一旦迷ってしまうと、もと来た道を辿るとか、群れの方向を目指してみるとか、なんとか状況を打破するという努力ができない。

ただその場に座り込み、立ち上がることもせず、打ちひしがれてしまう羊。神の視点から見た人間はきっと同じなのだろう。この羊が、聖書ではそのまま人に例えられている。

羊たち1

状況を打開しようともしないで打ちひしがれた人に、あなたはどう接するでしょうか。「しっかりしなさい」と激励して立ち去る人もあることでしょう。
「こうしたらいい。ああしたらいい。」と指示する人もいるでしょう。

主イエスは打ちひしがれた人を見て「かわいそうに」思われた。そしてその人の気持ちに自らを同化し、そばに来て慰めてくださった。ここに私たちは慰めを得、救いを得る。

しかし、主の慰めを鬱陶しがる人もいる。彼らは主イエスを拒否するが、それでも主は彼らを見過ごしにならず、語り続けることをやめない。なぜなら、主はご存じだからです。

「あなたには神の国が必要なのです。
たとえあなたが私を嫌いになっても、
たとえあなたが私を傷つけても
そしてたとえ私をついには殺しても・・・。」


あっという間に日が過ぎて、予告していた崖っぷち体験談をアップロードする前に10月の集会が終わってしまいました。そこで、先に井野宣教師のお話の抜粋を書くことにしました。集会の詳細は追って月報にてお知らせします。

このブログを訪れてくださったあなたを、主が今日も支えてくださいますように。
| メッセージ | 22:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
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